著名な出身者に憧れて早稲田大学を目指す人も多いはず。早稲田大学出身の有名人、著名人を挙げれば推挙に暇がない。それぞれの分野のその時代を築き、それぞれの分野・世界を代表する人々を多数輩出しています。明治~現在に至るまでの早稲田の人脈を辿ってみよう。ここではごく一部の有名人・著名人をピックアップいたしました。興味のある方は是非ウィキペディアなどで検索して調べてください。(中退も含む。)
大隈重信から数えて二人目の首相となった石橋湛山1884-1973、首相目前で急逝した緒方竹虎1888-1956(元自民党総裁)、人間機関車といわれ、演説壇上で右翼の少年によって凶刃に倒れた浅沼稲次郎1898-1960(元社会党委員長)、ナチスの迫害からユダヤ人難民を多数救った外交官の杉原千畝1900-1986(外交官)、竹下登(元首相)、海部俊樹(元首相)、福田康夫(元首相)、森喜郎(元首相)、小渕恵三(元首相)、田中真紀子(元外務大臣)、辻本清美(衆議院議員)はみな早稲田出身である。 また、ソニー創業者の井深大1908-1997、元大昭和製紙会長の齋藤了英元1916-1996、元国土会長の堤義明(元国土会長)、経営コンサルタントの大前研一、ファーストリテイリング会長の柳井正も早稲田出身である。
漂泊の詩人といわれた種田山頭火1882-1940(俳人)、『十五夜お月さん』『赤い靴』『証城寺の狸囃子』などの作詞で有名な野口雨情1882-1945(詩人・童謡作家)、『城ヶ島の雨』の北原白秋1885-1942(詩人・童謡作家)、「直木賞」にその名を残す直木三十五1891-1934(作家)、『青い山脈』『蘇州夜曲』『誰か故郷を思わざる』『王将』など無数のヒットを放った西條八十1892-1970(作詞家・仏文学者)、推理小説の江戸川乱歩1894-1965(作家)、井伏鱒二1898-1993(作家)、第1回芥川賞を受賞した石川達三1905-1985(作家)、立原正秋1926-1980(作家)、山口瞳1926-1995(作家・エッセイスト)、『青春の門』の五木寛之1932-(作家)、直木賞作家、東京都知事の青島幸男(作家・放送作家・タレント・政治家)、ハードボイルド作家の大藪春彦1935-1996(作家)、『アサッテ君』などの漫画で知られる東海林さだお1937-(漫画家・エッセイスト)、片岡義男1940-(作家・エッセイスト・写真家)、わたせせいぞう1945-(漫画家・イラストレーター)、漫画『島耕作』『人間交差点』、早稲田大学のマスコット『早稲田ベア』の作者である弘兼憲史1947-(漫画家)、『サラダ記念日』の俵万智1962-(歌人)、最年少芥川賞作家の綿矢りさ1984-(作家)などがいる。
『赤城の子守唄』などを歌った戦前の大歌手東海林太郎1898-1972、浅草喜劇の一時代を築いた古川緑波1903-1961、ロスアンゼルス五輪三段跳び金メダリストの南部忠平1904-1997、アムステルダム五輪三段跳び金メダリストの織田幹雄19045-1998、巨人、西鉄、大洋、近鉄、ヤクルトで采配を振るったプロ野球名監督三原脩1911-1984、俳優の森繁久弥1913-2009、『わたる世間は鬼ばかり』の橋田壽賀子1925-(脚本家)、『楢山節考』『うなぎ』などカンヌ国際映画祭の受賞作品監督の今村昌平1926-2006(映画監督・脚本家)、『瀬戸内少年野球団』『スパイ・ゾルゲ』監督の篠田正浩1931-(映画監督)、俳優の宇津井健1931-、作曲家の中村八大1931-1992は永六輔1933-とともに『上を向いて歩こう』『こんにちは赤ちゃん』などのヒット曲を多数連発した。
プロ野球の巨人、ヤクルト、西武で監督として采配をふるった広岡達郎1932-、伝説の銀幕スター吉永小百合1945-は当時大きな話題となった。
そのほかに、田原総一郎、筑紫哲哉といった(ジャーナリスト)、写真家の浅井慎平、Jリーグ開幕時のJリーグチェアマン川淵三郎、松本幸四郎、中村吉右衛門(歌舞伎役者)、現在もTVでおなじみの久米宏、松平定知(キャスター)、メキシコ五輪日本代表の釜本邦茂、国際的な評価を持つ小栗康平(映画監督)、タレントのタモリ、トレンディー男優の元祖石田純一、サッカー日本代表の岡田武史、1980年代のマラソン界のエース瀬古利彦、プロ野球の岡田彰布、サンプラザ中野、小室哲哉(ミュージシャン)、室井滋(女優)、デーモン小暮(タレント)、佐藤琢磨(F1ドライバー)、広末涼子(女優)、村主章枝、荒川静香(フィギャアスケート)も早稲田出身である。